星に願いを

 

 丸い星ではない世界のお話です。
 その世界には二種類の人達が住んでいました。
 地上で暮らす人間と天上で暮らす天使です。
 人間は空を見上げ、天使は人間を見守っていました。
 天上には神様がいます。だけど天使の誰もがその 神様の名前も姿も知らないのです。
 天使達はただ神様からもらったお告げの通りに、人間達に試練と救いを与えるのです。

 

 一人の天使がいました。
 彼の役目は夜になったら現れる天上の星の花畑で、星の花を育てる事です。
 星の花は咲くときらきらと綺麗な光を放ちます。それが地上から見ると星に見えるのでした。
 星の花は散ると流れ星となって消えていきます。ですが、ごくたまに散る前に地上に落ちてしまう時があるのです。
 天上では花の姿をしているのですが、 地上に落ちるとこれは姿を変えてしまうのです。
 地上に落ちた星の花は光の玉となってし まいます。
 それはそれで綺麗なのですが、人間や動物に当たったら大変です。それに、天上のものは地上に落としてはいけない決まりでしたから、天使は落ちそうな花を網ですくって拾いあげなくてはなりません。地上に落ちてしまった星も拾って持ち帰ら なければならないのです。
 その日も落ちた星を拾い上げようと、天使は地上に降りていました。
 落ちた星の所に行ってみると、人間の女の子が家の窓からじっと、庭先に落ちた星を見ています。
 天使は、本当はいけないのですが女の子に声をかけました。何故だかとても気になったのです。
「どうしてそんなにこの星を見つめているのです?」
 少女は答えました。
「天使様、私は目が見えません。だけど何故でしょう、その光は私の目にも映るのです」
 天使はそうだったのか、と納得して天に帰ろうと しました。
 ですが、少女が引き止めるのです。
「待ってください、天使様。その光がなくなってしま ったら、私はまた元の暗闇の中で過ごさなくてはなりません」
 そう言って少女が泣くのです。
 初めて光を知った少女に、天使はいけないと思いながらも、その星を砕いて少し分けてあげました。
「これは私と貴方だけの秘密です。決して無くしては いけません。 他人にも見せてはいけませんよ」
 少女は星のかけらを握り締め、何度もうなずきま した。

 

 ある日、天使はまた星をとりに地上に降りました。
 その帰りに少女の様子を見に行くと、少女が泣いて います。
 どうしたのかと尋ねると、隠し場所が見つかって大人に持っていかれてしまったのだというの です。
 大人は目の見えない少女が何か隠しているの を知り、それが美しい星のかけらだと知ると、奪ってしまったのでした。
「天使様、ごめんなさい。私は約束を守れなかったのです」
 少女は泣き止む事を知りません。
 天使はこの前砕いた星のかけらの一部を少女に渡しました。
「貴方が約束を破ろうと思った訳ではないのでしょう。特別にもう一つだけあげましょう」
 少女はようやく泣き止んで笑いました。

 さらに時が過ぎて、天使はもう一度地上を訪れま した。
 少女の様子を見に行くと、彼女はまた泣いて います。
「天使様、私は本当に愚かな人間です。私はあれほど大事にしていた星のかけらを、また無くしてしまいました。床下に落としてしまったのです」
 少女は手を滑らせて星のかけらを落としてしまいました。
 その時にどうしても手の届かない床の穴に かけらが入ってしまったのだというのです。少女の手は無理に取ろうとしたために傷だらけでした。
 泣き止まない少女に天使はほとほと困り果てて、どうやって慰めようかと考えました。
 ポケットには 星のかけらがあります。これを渡したら全ての星のかけらを彼女に渡した事になります。 もしばれたら どうなる事かわかりません。
 ですが、天使は覚悟を きめました。最後のかけらを少女に渡したのです。
「これが最後のかけらです。もう私は二度と貴方に会えないかもしれません。もし貴方の目が本当の光を映すようになったなら、その星は空に返してくださいね」
 少女は泣きながら何度も頭を下げました。

 

 星を一つ無くしてしまった天使は、ついにその行いがばれてしまい、裁判にかけられる事になりました。
 裁判官が天使に問います。
「何故掟を破ったのですか?」
 天使は答えました。
「天使は人間を見守るものです。暗闇の中で初めて光を見つけた少女の希望を、どうして摘み取る事がで きましょうか。少女の生きる望みを絶つ事など私にはできなかったのです」
 しかし裁判官は天使の言葉を否定しました。
「それは間違っている。人間には試練が与えられているのだ。その少女には大きな試練が与えられているだけなのだ。その試練を乗り越えると、死後の安寧は約束される」
 人間は死ぬと魂が天上に上ります。生前多くの試 練を乗り越えたものほど、よい楽園に入れるのです。
 天使は悲しい想いに沈みました。
「ならば、何故、我らが神は人間に平等の愛と試練をお与えにならないのだ。何故愛ばかり受けるものと、試練ばかり受けるものがいるのだ」
「生前試練が多かったものは、死後により恵まれる。神の愛はいつでも平等だ」
「では貴方は生前恵まれたものは死後に永遠の苦難を味わえと言うのですか?」
 天使は涙を落としました。
「そのようなものは平等とは言わない。何故に神は人間をかくも不完全に作られた?  それが神の愛であり 試練であるなら、何故に平等な試練をお与えになら ないのだ。 死して初めて平等になるくらいなら、生に何の意味があるというのだ!」
 裁判官の脇に立っていた執行官が、天使に近づい て剣を向けました。
「今の発言は神への冒涜とみなす」
「今更、罪を逃れようと言う訳ではありません。 私はど んな罰でもこの身に受けるつもりでここにいます。 ですが、最後に私のわがままを聞いていただきたい」
 天使は執行官の持つ剣を奪い取ると、刃を持って自らの顔を近づけて、その切っ先で目をえぐり取ってしまいました。
 紅い血が床に落ちて広がっていき ます。天使は自分の両目を差し出しました。
「私のこの目をあの人間の少女に上げてください。それさえ叶えていただけるのでしたら、私はこの身にどんな罰でも受けましょう」
「その願いを叶えるわけにはいかない」
「ならば私はいくらでも神を愚弄する」
 天使は力の限りで叫びました。
「誰一人、何一人救えないのに何が神だ。神が何をしてくれるというのだ。 神など無意味だ!」
 天使の言葉は、少しずつですが他の天使達にも伝わっていきました。
 今まで神を疑う事など知らなかっ た彼らが、神への疑念に気付いてしまったのです。
「判決を言い渡す。極刑だ」
 裁判官の判決の声が響き渡りました。
 天使はその 言葉に、覚悟を決めて執行官に剣を返しました。
 執行官は何の迷いもなく『罪人』たる天使を剣で刺しました。
 天使は静かに紅い血溜まりの中で倒れました。

 

 天使は自分が死んだのだと思いました。
 しかし何故でしょう、声がするのです。
 目がなくなってしまったので、自分が今どうなっているのかも良くわかりませんが、その声は頭の中に響いているようです。
「貴方の願いは何ですか?」
 声はそう天使に尋ねました。
 
私の望みは世界中の人間に平等な愛が行き渡る事 です。
それが叶わなくても、せめてあの少女は救いたいのです。

 天使は心の中でそう答えました。
 声に出そうと思ったのですが、口を開くどころか、息を吸い込む事すらできないのです。
 天使は自分がすぐに死ぬのだと思いました。
 声はこう答えました。
「貴方が心からそう思っているのならそれは叶うか もしれません。 願う心には力があるのです」
 
 では、せめてあの少女を救いたい。

「それが貴方の望みですか」
 
 それが私の望みです。

 体は全く動かないので、天使は心の中で必死に答えました。
 自分はもうすぐ死ぬのでしょうから、もはや一刻の猶予も残されてはいないのです。
「それは貴方の神です。貴方の心の中にある愛こそが神なのです。 天使でも、人間でも、願い慈しむ心が神なのです」
 声は優しく諭すように語りました。
「貴方の言うように、神は無力です。何もできません。 ただ貴方の中にある神の愛が、願う心が、奇跡を可能にする事ができるのです」
 
 では、神とは存在しないのですか?

「神は願いという形で貴方の心に住むのです。もちろん貴方が気にかけた少女の中にも」
 天使は不思議な気持ちになりました。
 今自分が話 している相手は誰なのでしよう。まるでその声の方がよほど神様のようです。
 
……貴方は、誰ですか?

 天使の問いに、声が答えました。
「私は、星です。貴方に奇跡を差し上げましょう」

 

「天使様!天使様ですよね?どうしてこんな事に?」
 気付くと天使はあの少女の声を聞いていました。
「目は…見えるのですか?」
 少女は血まみれになって倒れている天使の手をにぎりしめました。
 少女は天使に星を返すために、毎日目が見えるようになるようお祈りをしていました。
「はい。ですから星をお返しします。だから死なないで下さい。 私はまだ貴方にお礼も言っておりません。 私は貴方に星をお返ししたくて、毎日祈りました。その祈りが通じたというのに、このような結果はあんまりではありませんか」
 少女はもらった星のかけらを天使の手のひらの上に載せました。
「泣かないで下さい。私は貴方の目が見えるようにな ったなら、それで満足して眠れるのです」
「私は満足などできません。貴方に生きていて欲しいのです。 生きていなければ私の祈りは意味のないものになりましょう。貴方が生きているのなら私の目などどうなってもかまわないのです。それが私の願いなのです」
 少女はぽろぽろと大粒の涙をこぼしました。
 その涙は天使の手の中にある星のかけらに、そして彼の眼球のなくなった瞼に落ちました。
 涙はきらきらと光って、星のかけらよりも美しかったのです。
 その時、星のかけらが光を放ちました。眩しさのあまりに少女は思わず目をつぶりました。
 光が収まって、ゆっくりと目を開くと、そこにいたのは傷を負った 天使ではなく、彼そっくりの人間の少年がいました。
 白い翼はありませんが、ちゃんと瞳がありました。
「天使様!」
 少女は先ほどまで確かに天使だったその少年にだ きつきました。
 星が願いを叶えてくれたのです。



 その後二人がどうなったのか、誰も知りません。ですが確かに二人の願いは叶ったのです。

 それから、星に願うと願いが叶うといわれるようになったのでした。

 

 

 

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